「魔導書の原典──。タイトルは『彼岸の果実』著者は不明。元はハイロックのホワイト・ヘイヴンに保管されていたらしいが、最近インペリアル・シティに移されたそうだ ──今分かっているのはそれくらいだな」
「依頼主は”あの”錬金術師のメイリオンだ、報酬はかなり期待できるぞ。」
「誰それ?有名なの?」
「お前・・・、知らないのか?シロディールで一番儲けてる錬金術師だぞ、貴族や金持ち相手に商売してる」
ヴァランは驚いた様子で言った。
「だったらオレが知るわけねーだろ」
「お前なら当然知っていると思ってたけどな、金持ちの屋敷には大体彼女の薬があるだろ? 毛生え薬とか、シワ取り液とか・・・。」
「ああ?興味ねーよ、ンなもん」
「彼女の薬は一ビンで数百ゴールドはするぞ」
「ええ!!?マジかよ!」
ジェイは呆れた様子で溜息を吐く。
「(何でこんな奴がウチのエースなんだか・・・)」
「とにかく、今回は魔術方面の知識のあるヴァランにも手伝ってもらう、頼んだぞ」
「オウ!」
久し振りに大きな依頼を受けて、オピオンはまるで子供のように上機嫌で、口元には満足げな笑みが浮かんでいた。
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「う~ん・・・」
帝都市民図書館の静かな一画で、二人は古い魔導書の写本を読み進めていた。ページをめくる音だけが響く中オピオンが呟く
「写本があんならコレでいいんじゃねーの?」
「確かに写本から得られるものもあるが・・・」
ヴァランは少し考え込んでから答えた。
「魔導書の原典ってのは内容だけじゃなく、その文字や記号の配列、インクの濃淡やページ数まで全て計算されて、魔術的な記号としての意味を持ってる。だからわざわざ俺たちに盗みの依頼が来たんだろ。」
オピオンは一瞬話を聞く素振りを見せたが、すぐに諦めて再び本に視線を落とした。
「あー・・・、とりあえずホンモノじゃなきゃダメなんだな。」
「聞いてなかったなお前・・・」
「じゃあなんでその写本をわざわざ読みに来てるんだよ」
「・・・。──魔導書の中身、例えば、どんな術式が記載されているかで拘束術式を特定するとか、今帝都の何処に保管されていて、どんな警備体制で守られているとか・・・。色々と分かるだろ?」
「はぁー・・・」
オピオンはその場に座り込み、うんざりした様子で溜息を吐く。そういった小難しい話は彼女の最も苦手とするものの一つだった。
「・・・何?コウソクジュツシキって」
「原典クラスの魔導書なら、本自体がエセリウスからのマジカを利用、循環させて多重構成魔法陣として機能するから、それを抑え込むための術式だ。その辺りを見誤ると拘束術式から害を受けたり、最悪魔導書の暴走に巻き込まれたりするぞ。」
オピオンはすっかり考えるのをやめた様子で、ヴァランを横目に答える。
「なんかわからんけどその辺ヨロシクな。」
「(・・・諦めたなコイツ。)」
「・・・しっかしよく分かんねーハナシだな」
いい加減本を読むのに飽き飽きしていたオピオンはページの端を指で弄びながら言った。
『彼岸の果実』は古い童話の一つで、この話は、言語学者であり、文献学者のメルヒェム・イムレによって編纂されたタムリエルの民間伝承や民話を集めた文書、『イムレ文書』にも収められている。
彼が収集していた民話や伝承には、古代の魔術や呪文の断片が含まれているという話が、一部の魔術師たちの間で噂になっていた。
彼らの話によれば、イムレはこれらの情報を集めることで、失われた魔術の知識を再発見しようとしていたと言われている。
昔々、タムリエルのとある村に、年老いた夫婦が住んでいました。彼らは子供を持つことができず、静かに暮らしていました。
ある日、川を流れていた美しい仙桃を拾い上げた老女は、甘い香りに誘われ夫婦でその桃を口にしました。
すると、不思議なことに、老夫婦はたちまち若返り、元気を取り戻しました。さらに彼らは子供を授かり、その子供はすくすくと成長しました。
やがてその子供は立派に成長し、三匹の動物、牛・鷲・獅子を連れ、民を苦しめるデイドラロードを討ち倒します。
青年はその後、解放された民と共に新たな王国を築きました。彼の勇気と知恵、そして三匹の動物の助けによって、王国は平和と繁栄を取り戻しました。
ゴロン
「いやどっからツッコんでいいかわかんねーよ、何んで桃食って若返んの?何で動物連れてんの?」
本来の目的も忘れて床に身を投げ出すオピオンを後目にヴァランは写本を注意深く読み進めていく。
魔導書の中には術式の漏洩を防ぐため、神話や寓話の形をとって童話のように偽装されたものや、タロットカードや壁画のように書物の体を成さず、特定の条件下でしか正しい術式を解析できないものもあった。
「内容からして動物を従えるような魔術か、デイドラを送還するような魔術の線もあるが。依頼主が錬金術師となると・・・若返り・・・「不老不死」って所か?。」
「ていうかお前・・・、公共の場で何やってるんだ。」
「あぁ?」
「原典が何処に有るかはジェイが調べてんだろ?だったらもうちょっと中身の方はゆっくり調べとこうぜ」
「お前な・・・」
文字を眺めるのにも疲れたオピオンは、図書館を利用する魔術師たちの冷ややかな目線を気にも留めず、すっかり休む態勢に入り、くつろぎ始めた。
「全く騒がしいな、ようやく護衛任務も落ち着いて、静かに読書できると思ったのに・・・。」
「あらあら?あんだけ魔術結社とドンパチやりあってた人間のセリフとは思えないねェ?」
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■ 帝都地下トンネル街
政府肝いりで作られたこの地下空間は、帝都を支える第二の都市として設計され、交通の便を向上させるだけでなく、商業や居住の拠点としても機能することを目指していた。
しかし、計画は順調には進まず、工事は度重なる遅延に見舞われ、予算の超過や技術的な問題が次々と発生した。
さらに、企業の誘致にも失敗し、結果、地下トンネル街は完成することなく、寒々とした廃墟と化してしまっていた。
その昔、賑わいを見せるはずだった商店街は、今ではひっそりと静まり返り、空き店舗が虚しく立ち並んでいる。
かつての栄光を夢見たまま忘れられた街。しかし密入国者や犯罪者たちにとっては都合のいい場所だった
魔導書の情報を求め、ジェイはある情報屋に会うために暗がりの中を進む。
「・・・・・・ええ。」
「ああ・・・何で・・・商人が・・・」
「・・・・・・」
「・・・──」
遠目から見ると、情報屋が誰かと話しているのが見えた。ジェイはその姿をじっと見つめたが、会話の内容までは聞き取れなかった。
会話が終わるのを待って、彼は情報屋の元へ近づいた。
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「・・・・・・!」
「久しぶりだな。レモンキャンデー。」
近づく人影に警戒の目を向ける女性に対して、ジェイは声を掛ける
「ジェイ・・・、ああ、その名前は今は使ってないの」
「またか」
ジェイの姿の見て彼女は警戒を解いた、二人は以前から付き合いがあり、その情報網は盗賊ギルドも頼りにしていた。
「そうね、今はラズベリーパイって名乗ってるわ。」
「ラズベリーパイね、前はレモンキャンデー。次はなんだ?」
「名前なんてただのラベルよ。重要なのは情報の質と信頼性だから。」
半ば冗談めかしたジェイの言葉に、彼女は微笑みながら肩をすくめた。
「探しているものがある。」
「ああ、例の”魔導書の原典”の事かしら?」
「────相変わらず、何でもお見通しだな。」
「私を誰だと思ってるの?」
彼女の洞察力と情報網の広さにはいつもに感心させられる。
「今『彼岸の果実』は帝都の市民図書館、閲覧禁止書籍の間にあるわ、ハイロックからの移送中にいくつかの魔術結社による襲撃があったみたいで、かなり厳重に守られているわ。」
「魔術結社・・・。」
彼女の言葉にジェイは眉をひそめる。
「大体は小規模だったり結社予備軍みたいな組織だったけど、一つだけ、厄介な魔術結社が関わってるわ。
魔術結社『天上に至る光の門』。魔術師ギルドから二人の護衛が雇われたみたいだけど、結構派手にやり合ったみたいよ。
あの事変以来、魔術結社はどこも必死みたいだからね。」
「あの事変・・・、”西の歪み”か」
ジェイはつぶやいた。彼の顔には、苦い思い出が蘇ったかのような表情が浮かんでいる。まるで心の奥底に封じ込めていた記憶が、再び彼を苦しめるかのようだった。
「そう、10年前イリアック湾周辺で起きた大災害、帝都公表や聖堂布告では神様による「平和の奇跡」なんて呼ばれてるみたいだけど」
「実際のところの理由は不明──、か。」
西の歪み
公には「平和の奇跡」として知られてるこの出来事は、イリアック湾領域にあった小競り合いを続ける貴族領や小規模王国が、一夜にしてハンマーフェル、センチネル、ウェイレスト、オルシニウムという平和で近代的な統治された帝都の郡に変わった事変を指す。
この変化は、神々の奇跡的な介入の結果として祝われている。
しかし、この奇跡に伴った大規模な地形の破壊や異常気象、そして失われた多くの人命についての公式説明には謎や矛盾が多く、帝国の方針に都合よく、捻じ曲げられているとする声もある。
「この未知の事象に対して魔術師たちが迫害を受けたり、大規模術式やアーティファクトの所持が国際法で規制されたり・・・、魔術結社も大変みたいね?」
「しかし、一気に厄介な仕事になったな。ただ図書館から本を盗むだけじゃ済まなそうだ。」
ジェイは考え込むように目を閉じ、頭を垂れた。厳重になった図書館の警備、そして魔導書を狙う魔術結社。憂慮すべき事柄が次々と頭をよぎり、彼は胃が痛むのを感じた。
「まあでも、あなたのギルドにはそっちの方が喜びそうな娘もいるじゃない?」
肩を落とすジェイをよそに、彼女はオピオンの顔を思い浮かべながらクスリと笑った。
「『天上に至る光の門』の目的は、「人の身にて神の領域に至る」コト・・・、そのための魔術やアーティファクトを集めているような奴らよ、十分慎重に行動したほうがいいわ。」
「ああ、よく言い聞かせておくよ。オピオンの遊び癖が出ないようにな」
「情報料は、この前の”貸し”でチャラって事にしておいてくれ。」
必要な情報を手に入れたジェイは背を向けて通路の奥に歩みを進め始める。
「────今回ばかりはやめた方がいいかもしれないわね。」
彼女が引き止めるように声を掛ける、その声は先ほどまでとは違い、重く、緊張感のあるものだった。
その声に思わず足を止めるジェイ。
「あの娘は将来歴史に名を残すような盗賊になるわ、それが──」
「・・・フッ」
ラズベリーパイが言い終わる前に、ジェイは笑みを溢した。
「ま、アイツなら問題ないさ。」
「・・・・・・」
先ほどまでとは違い、迷いを振り切ったように去るジェイの背中からは、オピオンへの信頼が感じられる。
彼女はそんな彼らの関係性を少しうらやましく思った。
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「あーあ!疲れた疲れたっと」
図書館での写本の解析を終えた二人は下水道まで戻っていた。
「お前はほとんどゴロゴロしてただけだろ」
「いやあ、ヴァランがいなきゃ終わってたわこの仕事」
「──────と、いう事だ。」
三人は拠点に集まり、互いに手に入れた情報を交換し合っていた。
「なーんだ、あの図書館にあったのかよ」
「魔術結社か・・・。」
今すぐにでも原典を盗み取りたいとソワソワする楽観的なオピオンとは違い、ヴァランは神妙な面持ちだった。
魔術結社の情報を語るジェイの表情は真剣で、その重要性を物語っている。
「閲覧禁止書籍の間は帝都衛兵隊によってかなり厳重に守られている、そこの警備体制の情報と、あとは例の『天上に至る光の門』の情報が必要だな
先日の北監視塔侵入の件でレックスが盗賊ギルドの事を嗅ぎまわってる、アーマンドが身を隠している間俺が代わりにギルドを仕切ることになった。後の情報収集は二人に任せたぞ。」
「それも聞いてくれば良かったじゃん」
オピオンは面倒臭そうに言葉を返す。
「取っ掛かりが見つかれば後の情報収集は自分たちでやる、盗賊ギルドのモットーは経費削減だからな。」
「初めて聞いたな・・・。」
オピオンは不服ながらも、自分が衛兵たち相手に目立ち過ぎてしまったせいで、ジェイの仕事が増えてしまったことに、少し後ろめたさを感じ、渋々ヴァランとともに情報収集に出かけた。
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「魔術結社の襲撃か・・・、それで手に負えなくなってわざわざハイロックから、警備の厳重な帝都の図書館に移されたってワケか。
連中の掲げる目的からして、やっぱ魔導書の術式は不老不死の法、錬金術というか、錬丹術だな。」
「面白くなってきたなあ?」
「お前は楽しそうでいいよな・・・。」
ヴァランの皮肉を気にもせず、オピオンは子供の様に目を輝かせていた。
「魔術結社の情報は集めておく、図書館の警備計画書は任せてもいいか?」
「まあ任せとけって、レックスの野郎が留守中に盗みに入られたなんて知ったらどんな顔するか見ものだぜ♪」
帝都の地形や衛兵の動きに精通したオピオンが図書館の警備計画書を監視塔から盗み出し、普段古代遺跡などで競合する魔術師たちを相手にし、ある程度魔術師に詳しいヴァランが、魔術結社の情報を集めるために動き出した。
魔術結社による魔導書の襲撃事件の情報は既に帝都に広まっていた、物乞いを通じて、魔術師たちの情報収集は順調に進んでいく。
まるで、何者かに仕組まれたように。
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翌日、集めた情報を基に計画を練るため、二人はギルドの拠点に集まっていた。
「こっちは余裕だったぜー☆」
「ホントに散歩感覚で帝都監視塔に出入りしてくるんだなお前・・・」
「襲撃事件があったから、図書館はかなり厳重な警備みてーだけど、日暮れ時に衛兵から帝国魔闘士に警備が切り替わるってよ、そのスキが狙い目だな。」
「日暮れ時・・・?なるほどな」
オピオンの話を聞き、何かに納得したようにうなずくヴァラン。
「こっちも『天上に至る光の門』の情報は仕入れてきた、彼らは「星」に関係する術式を使うらしい、恐らく日暮れ時に警備体制が切り替わるのはその術式の対策の為だろう」
「魔術師対策で魔闘士をねぇ?おかげ盗賊対策がガバガバになってんじゃねーか?全く舐められたもんだぜ」
「そんなに魔術師が気になるならずーっと魔闘士どもに警備させりゃいいのに」
「魔闘士たちは帝国と協力関係だが魔術師ギルドの指揮下にあるからな、一日中は借りられないんだろ?」
「まっ、警備が切り替わるスキにササッと盗んで、星が出る前にトンズラすりゃ魔術結社の方もなんとかなりそーだな」
「そううまくいけばいいがな・・・」
ヴァランは一抹の不安を覚えつつもオピオンの楽観的な態度を見ていると、少し気が楽になるのを感じた。
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計画決行当日、二人はジェイを交えて出発前の最終確認を行っていた。
「まあ、そのプランでいくしかないか」
「魔術結社も原典を狙っているとなると、時間の猶予も無さそうだしな・・・。」
「うむ・・・、十分な時間があったとは言えないが、勝算はあるのか?」
ジェイは低い声で呟いた。彼の心は、この特別任務が大きな報酬をもたらすことよりも、二人の身の安全を心配していた。彼の顔には、深い憂慮の色が浮かんでいた。三人の間で重い空気が流れる。
「ハッ、勝算がなきゃ動けねえタマじゃねーよ」
不安げな二人に背を向け、オピオン軽い足取りで任務に向かった。
その顔は自信に満ちた表情で、まるでこの挑戦を楽しんでいるかのようだった。
「全く・・・、頼りになるんだか、何も考えてないんだか・・・。」
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■ 帝都植物園
帝都市民の憩いの場となっているこの地区は、多くの人々で賑わっていた。しかし、その中にまるで何かに区切られたかのように、人が寄り付かない一画があった。
何かの魔術の影響か、その場所だけは、周りの騒音や視線から切り離され、あたかも別の空間に存在しているかのように感じられた。
美しい花々が咲き誇る庭園の中、白いローブをまとった魔術師の一団、『天上に至る光の門』のメンバーは秘密の会合を開いていた。
「ええ・・・、奴らは動きました」
男が若いハイエルフの女性に、何かを話している。
彼女は、男の話を聞きながら優雅に紅茶を口に運ぶと、満足そうな笑みを浮かべた。
「そう・・・、予定通りね。」
つづく
次回 『星降し』編 第三話「宵の輝き」