ガチャガチャガチャッ
店は閉まり、街灯の明かりがぼんやりと照らす通りには、普段なら聞こえない足音や話し声が響く。
鎧を着た衛兵たちの足音が石畳に反響し、商業地区全体に不思議な緊張感をもたらしていた。
銀の剣を腰に提げ、分厚い鎧を身に纏った衛兵たちが、月明かりに照らされ無数の刃のように慌ただしく駆け回っている。
そんな厳重な警戒の網の目をかいくぐり、衛兵たちを翻弄する賊がいる────
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「確かに奴はこの地区へ向かったんだな?」
「は、はい、北監視塔から出た賊が商業地区に向かうところを、た、確かに見ました・・・!」
衛兵は肩をすぼめ、視線を下に落とした。
「これだけの数で追って影も形も見当たらないとは・・・地区の封鎖は済んでいるんだろうな、グラヴィウス」
白い鎧を纏った監視隊長、ヒエロニムス・レックスは部下に確認を取る
帝都監視塔に侵入した盗賊を逃した部下たちに、レックスはイライラした様子だった。
「隣の地区への門は封鎖しました、下水道への入り口も見張らせています!奴がこの地区から出られるハズがありません!」
責めるようなレックスの口調に若い衛兵は慌てて言葉を返す、しかし彼も他の衛兵たちも本当に商業地区に賊を追い詰めたのか半信半疑になっていた。
「・・・・・」
月明かりの降りる夜の街、盗賊は屋根の上から衛兵たちを見下ろしていた
その姿は人の形をした影のように、星空をくり抜いていた。
「やっぱり霞みたいに消えちまったんじゃ・・・?」「グレイ・フォックスの噂は本当だったんだ・・・。」
衛兵たちがヒソヒソと小声で弱音を吐くのをレックスは見逃さなかった、無言で彼らを見つめ、その視線だけで圧をかける。衛兵たちはその視線に耐えきれず、次第に口を閉ざしていった。
捜索を半ば諦めていた衛兵は慌てて辺りを見回す、霞や雲でも探すかのように空を見上げたその時────
「あっ・・・!!!あそこに!!」
!!!!!!
星空を背負って立つ盗賊は衛兵たちに見つかっても全く動じることなく余裕の表情を浮かべていた、まるで遊び相手を待っていたかのように。
衛兵に見つかったのを合図にするように盗賊は躊躇なく屋根の上から跳び出す
人間離れした脚力で空を飛ぶ姿はまるで矢の様だった
「な・・・・っ」
遥か頭上を舞う盗賊の身体能力と大胆な行動に、衛兵たちは思わず言葉を失い、その場に立ち尽くしてしまった。
トッ
タタタタタタタッ
羽のように軽い足取りで空を渡り、衛兵達に見せつけるように屋根の上を駆けていく影。
「何をしている!!早く・・・早く追え!!!」
「え・・・、ええ!?ど、どうやって・・・?」
滑るように夜空を舞う影を、衛兵たちはただ眺めているしか無かった
よく研がれた銀の刃も、磨き上げられた鎧もこの状況では何の役にも立たない。
夜空という羊皮紙を切り裂くナイフのように、地区を隔てる壁の上に向かう影は
闇に落とした一滴のインクのようにそのまま溶けて消えてしまった────。
「クソーーーッッッ!!!」
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■帝都地下、下水道
帝都の地下を走る下水道、湿気と暗闇に覆われ、異臭の漂うその一角は盗賊やならず者の格好の住処になっている
狭い下水道に無理矢理押し込まれるように建造された建物の中に、盗賊たちのギルドの拠点があった。
盗賊ギルドの拠点、酒場「狐のねぐら」
「ふぅん・・・・・・」
大柄なアルゴニアンの男が「黒馬新聞」を片手に溜息を吐く。
「帝都衛兵隊の失態────、北監視塔に侵入者、衛兵隊は賊を取り逃がす・・・。」
パサッ
「目立ち過ぎだオピオン、お前ならもっとうまくやれたはずだろう?」
「仕事ならちゃんとやっただろジェイ・・・。」
オピオンと呼ばれた小柄なエルフは怠そうに答える。褐色の肌に金色の眼を持つその姿は、昨晩帝都で衛兵相手に大立ち回りを演じたあの盗賊だった。
「いいや、良くない。またお前の”悪い癖”が出たんじゃないのか?」
盗賊ギルドの相談役を務めるアルゴニアンのジェイはたしなめるように言った。
ギルドの新入りながら人間離れした身体能力と隠密センスで既に盗賊ギルドのエースとして活躍していたオピオンだったが
ギルドから命じられた特別任務など、本人が退屈だと感じた仕事ではわざと衛兵に見つかって”追いかけっこ”を楽しむような悪癖があった。
「お前の腕は認めるが、目立ちすぎると盗賊ギルド全体の────」
「おっと・・・!誰か来たみてーだな」
ジェイが言い終わる前に酒場の扉が開かれた。オピオンはその瞬間を逃さず、話を逸らそうとする。
「狐のねぐら」に新しい客が来た、疲れた様子のそのダークエルフの男は盗賊ギルドの一員だった。
オピオンはジェイの説教から逃げるように席を立ち男に声を掛ける
「ヴァランか!よく帰ってきたな」
「オイ、顔が真っ青だぞ、大丈夫か?」
「・・・生まれ付きだ」
ダークエルフのヴァラン
古代アイレイド遺跡や墓所の盗掘を専門にするギルドの「墓暴き」担当
普段アイレイド遺跡の殺人トラップやゴースト、ダンジョンに巣食う魔物や吸血鬼の相手をしているヴァランは、ほとんどギルドに顔を見せる事は無かったが彼の盗品取引額はギルドでもトップクラスの稼ぎ頭であり、その腕前は誰もが認めるところだ。
ヴァランは疲れた様子、戦利品をテーブルにバラバラと並べた。
「今回の収穫はこんなもんだ、下調べしていた遺跡に魔術師ギルドの連中が調査だなんだって押し掛けてきてな・・・」
「そうなると遺跡探索はまた一からって事か・・・。」
「前回は手付かずのヴァーラ石があったんだけどな、最近は魔術師ギルドや冒険者も遺跡探索の手を広げてる、今じゃドワーフ製品の取引が規制されたせいでアイレイド製のアーティファクトの需要が上がってるみたいだ」
危険を顧みず、持ち前の戦闘技術と魔術の知識をもって遺跡やダンジョンから異物を回収し、長らくギルドのエースだったヴァランだが、ここ最近は競争の激化や遺跡の枯渇により、盗品取引額はオピオンに次いで2番目となっていた。
「オピオンの方は?」
「こっちは・・・、──まあ問題ない。仕事”は”うまくやってるさ」
今ではオピオンがギルドで一番の稼ぎ頭だが、その無謀な行動には手を焼いていた。
オピオンの才能を活かし自由な精神を尊重しつつ、彼女の無謀な行動を抑えるためにどうすれば良いかがジェイの最近の悩みだった。
「そうか・・・、悪いけど今日は休ませてもらうわ。帰り際に亡霊から呪いを食らっちまった」
「やっぱり顔色悪かったんじゃないか」
ジェイが冗談めかして言う
ヴァランは疲れた様子で肩をすくめ、おぼつかない足取りで「狐のねぐら」を後にした。
「はぁー・・・」
ウェルキンド石やルーンストーンを見つめるオピオンの目は、おもちゃ屋の商品棚を眺める子供のようだった。そんなオピオンに対して、ジェイは子供に諭すように言った。
「今じゃお前の”腕”はギルドにとって貴重な財産だ、大事にしてくれよ。」
「・・・・・・分かってるよ。」
オピオンは少し不服そうに言葉を返した。
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「はぁーっ!性に合わねーんだよなあ、小銭を掠めたり、何やらの記録を盗むだの帳簿の数字をいじるだの!」
「狐のねぐら」を後にし、外の空気を吸いに来たオピオンはたまらず不満を漏らす。
「特別任務の事か・・・、お前が監視塔から盗み出した金は波止場地区の住民から搾り取られた税金だからな。退屈な仕事かもしれないが貧農や物乞いを保護するのがウチの方針さ、特に波止場地区の連中はグレイ・フォックスの庇護下にある。」
「盗賊のわりに気高いことで・・・」
オピオンは呆れたように言う。彼女にとって予測可能で単調な任務は最も苦手とする仕事だった。
盗賊ギルドの長グレイ・フォックスは300年以上前からギルドを取りまとめる伝説の盗賊だ。
オピオンは直接会った事は無いもののその名前だけは知っていた、想像通りの人物というわけではなかったが
「いいよなあ、ヴァランの仕事は楽しそうでさ」
「結構大変なもんだぞ・・・、いや、お前なら余裕か。」
「はぁー・・・、こんな仕事ばっかやってたら腕が鈍っちまう。」
オピオンはうんざりした様子で溜息を吐く。
「お前は新入りでも、ここ最近はずっと盗品取引額は一番だし、ギルドから特別任務も任されてる。今じゃウチのエースじゃないか」
「・・・・・・」
「ギルド運営には金が掛かるし、ジェイは立場もあるからな、俺だってお前の稼ぎは頼りにしてるんだ。盗んだお宝の価値だけで、盗賊の価値が決まるわけじゃない。だろ?」
このところ遺跡探索がうまくいかずエースの座をオピオンに明け渡したヴァランはやや自嘲気味に言った。
「まあ、確かに遺跡や廃虚で凄いお宝を見つけたときは嬉しいもんだけどな。またそんな仕事も来るさ。」
「・・・・・・」
「ま!そーだな。じゃあ早速エース様に還元してもらおうかなあ?」
「あ!ああ。(単純な奴・・・)」
「ほらいくぞ!」
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「ハートのストレートフラッシュ!」
酒場の喧騒の中、ヴァランの声が響く。
任務で金が入った後、酒場でギャンブルに興じるのが二人の習慣になっていた。
「悪かったな、オピオン。」
ヴァランは勝ち誇ったように笑みを浮かべる。
「ブフッ・・・」
「?」
「スートスリーオブアカインド」
「な!?」
「”悪かったな”」
膝から崩れ落ちるヴァランに煽るように同じ言葉を返す。
「こんな事ありえんのか・・・?初めて見た・・・」
「今月は稼ぎが少なかったってのに・・・」
上機嫌なオピオンを後目に、すっかり有り金を巻き上げられたヴァランはとぼとぼと酒場を後にする。
「お前は勝ちを確信した時に油断し過ぎなんだよ、自分の手札に釘付けになってるから裏かかれんの」
「クッソ・・・。」
「って、ん?それじゃイカサ──」
「ああー!ダメダメ今さら!盗賊だったらこんくらい見破れないとな♪」
笑いながら、オピオンはヴァランの話を遮った。
「────貸しにしといてくれないか?」
頭を抱えながらもヴァランは心の中で、オピオンが少しでも元気を取り戻してくれたことに満足していた。
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翌日、盗賊ギルドの拠点に二人は呼び出されていた。
「昨日の今日で悪いがまたギルドから特別任務だ、今回はヴァランにも手伝ってもらう。」
「で、何をやりゃいい?」
「盗み出してほしい物がある、本を一冊──。「魔導書の原典」だ」
つづく
次回 『星降し』編 第二話「原典」